「学校に行きたくない」と言われた時に考えたこと

2026/04/28

子育て


子供から「学校に行きたくない」と言われた時、親はどうすべきかを悩むものだと思います。


それが突然であればあるほど、頭が真っ白になる人も多いのではないでしょうか。


子供自身が理由を言語化できるならまだしも、「なんとなく嫌」なんて言われたら、どうしようもありません。


娘が学校に行きたくなかった理由


当時小学生だった娘には、明確な理由がありました。


  1. 学校や学童の先生が、特定の児童を説教している時の空気が嫌。

  2. 先生答えを間違えると、立たせるのが嫌。

  3. 授業が終わって、学童に行くのが嫌。

  4. 〇〇ちゃんが、私ばかりを「鬼ごっこ」の鬼にしようとするのが嫌。



こう聞くと、どれも一つ一つは、小さなことに思えるかもしれません。でも、毎日そこに身を置く子どもにとっては、決して小さくない理由でした。


我が家のルール


かといって、理由があるから「行かせない」、理由に緊急性がないから「行かせる」というのは、どちらも極端な選択です。


私は、ここで一度立ち止まり、「行く・行かない」を二択で考えるのをやめました。


その代わりに決めたのが、「今日は休んでもいい。でも、続けては休まない」という、我が家なりのルール。


続けて休むことで、「戻るきっかけ」そのものを失ってしまうのが、怖かったからです。


これは、娘の理由を受け止めた上で、それでも「行く」という選択肢が完全に消えてしまわないための、ぎりぎりの舵取りだったと思います。


学校という場所に、楽しいことだけでなく、理不尽なことや、納得できないことがあるのは事実です。



でも、子どものうちに集団の中で過ごす経験は、社会性を身につける上で、やはり大切だとも思っています。


だから私は、「行かなくていいよ」と全面的に肯定することも、「何があっても行きなさい」と押し切ることもしませんでした。


本人の気質によるところが大きかったのもありますが、なんだかんだ言いながらも、娘が自分の中で折り合いをつけながら、今に至ります。


その子に合う方法を見つける


この判断が、すべての家庭に当てはまるとは、もちろん思っていません。正直に言えば、それが正解だったのかは、今でもわかりません。


ただ、どんな時も、親は一度立ち止まって考える必要がある。私は、そう感じました。


「学校に行きたくない」という言葉は、子どもから親への答えではなく、一緒に考えてほしい、というサインなのかもしれません。


今でも、そう思いながら、あの頃の自分の選択を、完全には答えを出さないまま、振り返っています。



emu