こんにちは、emuです。
「身長差20センチカップル」みたいなタイトルで始まりましたが、母である私の偏差値が40程度で、娘の偏差値の方が上です。見上げると、首が痛くなりそうですね。
えぇ、言いたいことはわかります。「親としての尊厳なんてないじゃないか。」というお言葉。しかし、
「できないものは、無理!!できる娘、すっげー!!(←ルフィ風に)」
それでいいのです。
私たち夫婦は、娘が中学生になって、その境地に辿り着きましたから(笑)。
入学説明会からの帰宅後にて
高校合格の余韻に浸りながら、ずっしり重い教科書一式を抱えて帰宅。
「どれどれ、進学校レベルってどんなものかな。」なんて軽い気持ちでページをめくった瞬間、私は凍りつきました。
そこに並んでいたのは、呪文のような数式、魔法陣のような図形⋯。なんなら、教科ごとに複数の魔導書が用意されているのです。
「これ、本当に現代日本の高校生が解くの?」と、次元の違いに圧倒されました。
30年の間に私の頭脳が退化し、教育レベルが遥かに上がったのでしょうね。これから3年間、娘は茨の道を突き進むのだなと、固唾を呑むしかありませんでした。
親としての「役割」の喪失
過去の私を含め、多くの親が「教えなきゃ」「導かなきゃ」というプレッシャーに押し潰されそうになっているかもしれません。
でも、よくよく考えてみると、「教えること」への執着は、実は親の支配欲や不安(依存)の裏返しだったりするのです。
「子どもの前では尊敬される親であるべき。カッコ悪いところなんて見せられない。」
この感覚って、何も子育てばかりではなく、仕事や恋愛でも同じですよね。ただ、
「学校に行かせてもらってるんだから結果を残すべき。親を絶望させるなんてあり得ない。」
なんて子どもが思い込んでいたら、どうですか?いえ、もし自分が学生だったら⋯?
私は無理です(笑)。だから、 「白旗」を上げ、戦い方を変えたのです。
親としての戦い方を変える
解けない数式を一緒に悩むより、「呪文を唱えるためのMP(スタミナ)」を支えることに特化する。これが、私たち夫婦の戦い方です。
娘が魔界(学校)で戦うための最強の杖(参考書)をAmazonでポチる。そのための資金を、母はこうしてせっせと「言葉」を紡いで稼ぐ。
これこそが、我が家の現代版「わらしべ長者」的な戦術なのです(笑)。
このように、娘が勉強に集中できるように立ち回ることにしました。
そして、周囲のレベルに圧倒され、やや自己否定的になりやすいため、「褒め言葉」や「客観的なフィードバック」を送るようにもしています。
見守る勇気が何より大切
つい先日も、娘が何気なく開いていたノートを覗き込んだら、そこにはアルファベットと記号の羅列が。
「ねぇ、これって数学? それとも何かの暗号?」と聞いたら、「お母さん、これまだ基本のキだよ。〇〇君なんて、これ以上のレベルを楽勝で解いてるんだよ。」と返され、静かにページを閉じました。
私の脳内メモリが、一瞬でパンクした音が聞こえた気がします(笑)。
⋯とまぁ、教科書が読めないからこそ、娘を「一人の人間」として純粋に尊敬できるようになったことで、家族の絆も深まっています。
子どもと自分を同化して、コントロールせず、見守る勇気を大切にすること。これが、私の「親としての尊厳と戦術」です。
開き直り〜(笑)。