我が家の娘は、「学校で活躍できる場がないし、私のピークは保育園時代に終わった⋯」とボヤいています。
娘的には、その頃が一番輝いていた自覚があるらしく「赤ちゃんからやり直して、強くてニューゲームする!!」なんてアホなことも(※現在高校生 笑)。
確かに、運動も勉強もズバ抜けてできる方じゃないんだけど、母親の私から見れば、「自分を客観視する力」「自己管理能力」「手先の器用さ」はその辺の大人より優れていると思うんですよね。←親バカ
でも、残念ながら得意なことが盛り込まれた授業はなくて、いつも苦手なことで苦戦しているらしい。
「インスタで作品でも発表したら?」とも言ってみたけど、「めんどくさい」と(笑)。
よくよく考えてみたら、娘だけじゃなく、私自身も同じことを感じていたんですよね。タイミングも、やっぱり小学校に入学してからだと思います。
幼稚園では褒められていたことも、できて当然のようになっていく。得意なことも、上には上がいることを知る。どんどん自信がなくなっていく⋯。
子供の承認欲求は、周囲の大人の反応で満たされる部分が大きいはずなのに。
「勉強ができると言えば〇〇くん」「足が速いのは●●くん」「絵が上手いのは◯●ちゃん」
小学校では、勉強・スポーツ・絵が上手い子が圧倒的な存在感を放っていて、点数の高さ・万能さ・入賞の数が物を言うと言ってもいいくらい。
「得意なことは何ですか?」と聞かれても、クラス替えのたびに胸を張って言えなくなっていったんですよね。
私はいつの間にか、大人受けのいい「真面目さ」だけが売りの生徒になっていました(でも残念ながら女子ウケは悪くて 笑)。
今でこそ「他人に褒められるより自分が自分の価値を理解してればいい」と思えるけど、学生時代は強みが見出せなくて、将来の自分をイメージできなかったんですよね。
平均的であることが決して悪いわけじゃないけど、どんどん埋もれていってしまう「自分」に、一体何ができるんだろうって。
たぶん、学生時代に自分の得意なことを才能として磨く機会を失ったって感じているのは、私だけじゃないと思います。
自分の価値を信じられなかったおかげで、社会人になってからも壁にぶつかりっぱなし(笑)。だからこそ、現状を打破するために、とにかくいろんなチャレンジを重ねてきたんですよね。
で、やっと気付いたんです。
情熱が続くのって、結局子供の頃に夢中になってたことの延長線上にあるものなんですよね。
確かに学校では見せ場がないかもしれないけど、娘には自分の中で得意だと思うことを磨いてほしいし、人としての在り方も十分強みになるってことを忘れないでほしいなと思ってます。
人生に目的を見出すために、自分の世界観を創り出すことは、他人と比較するより重要なことだから。
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